スタートアップ企業にとって武器となる知的財産ですが、斬新なアルゴリズムを駆使してソフトウエアやシステムを開発しても、アルゴリズム自体は「問題解決のための方法」であり、外から見えるものではないため、特許化について悩む企業も多いようです。実際、スタートアップ企業が知的財産の分野で抱える課題の一つとしても挙げられています。
アルゴリズムについては、せっかく特許を取得しても、他社がその特許内容を実施しているかどうか分からず、自社の技術を守る手段にならない場合もあるからです。 しかし、アルゴリズム処理に供するインプットデータやアルゴリズムによるアウトプットの内容について差別化要素があれば、特許化を検討する余地があるかもしれません。特許化で得られるメリット・デメリットは事案ごとに変わるので、自社の事情に即して考えましょう。
以下では、弁護士法人内田・鮫島法律事務所が実施した「技術法務」の事例を紹介しています。
特許として認められるための要件には「自然法則であること」と定めがあります。「アルゴリズム」はいわゆる数式であり、自然法則ではないことから特許権が与えられることはありませんでした。しかしながら全体として産業プロセスの保護を求めている場合には特許が付与されるようになっており、実態としてアルゴリズムが特許権で保護されるようなケースが発生しています。
特許は「発明」でなければ認められませんので、アルゴリズムそのものを特許として認めてもらえることは基本的にありません。
しかしそのアルゴリズムをコンピューターに実装する場合、発明として認められることがあります。コンピューターにそのアルゴリズムを用いていること、コンピューターに用いるためのものであることなどを請求項に記載することで、「自然法則を利用している」と認定される可能性があります。このポイントを押さえておくことが、アルゴリズム特許取得に向けた第一歩であるといっても過言ではありません。
特許として認められるためにはほかにもさまざまな要件を満たす必要があります。「技術的思想であるか」という点については特定の技術課題を解決するための手段という説明が可能であり、「コンピューターの動作を具体的に制御するアルゴリズム」であれば認められる可能性があります。このほかにも「進歩性」や「新規性」などといった要件も重要なポイントとなりますので注意しましょう。
特許権として保護を受けるためには、特許内容の公開が必要になります。その特許技術を用いて製品を生産・販売などを行うことは特許権侵害となりますのでさまざまな措置を講じることができますが、リバースエンジニアリングなどによって本質的に同一なものを開発されてしまう恐れがあります。技術を保護するためには技術を公開する必要がありますが、大きなリスクを伴いますので注意が必要です。
アルゴリズム特許の弱点として、「特許侵害を受けても発見しづらい」という点が挙げられます。被疑製品を見つけたとしても、その製品がどういったアルゴリズムで動いているかの確信ができなければ権利行使がしづらいためです。
被疑製品が何らかの計算を行っていたとしても、その計算に用いているアルゴリズムが特許と同じであるかどうかがわからなければ権利行使がためらわれてしまいます。
特許権者に無断で同じ特許技術などを用いて複製・販売などを行った場合は特許権の保護対象となりますが、互換性を持たせるために解析を行う行為などは特許権侵害になりません。解析したアルゴリズムを用いて特許技術と同じ機能を実装・販売・利用などすると特許侵害と判断できる可能性はありますが、回避設計(デザインアラウンド)そのものは特許権侵害にならないため、リバースエンジニアリングに違法性を認めることは困難であるといえます。
特許出願を行わず技術を社内で秘匿化したとしても、製品を購入するなどして解析されてしまうと結局はリバースエンジニアリングの対象になる可能性があります。また、アルゴリズムを知る従業員などから情報流出してしまうようなリスクもあり、社内ルールやアクセス制限をかけるなどすると管理コストが大きく負担になります。
どちらのほうがリスクが高いか・リターンが大きいかを総合的に判断し、比較・検討のうえ意思決定を行いましょう。


「自社の開発したサービスは独自アルゴリズムに特徴がある。ぜひ特許を取得したい」というご依頼はIT系スタートアップの方を中心にかなり多くあります。
ただし、下記の事例でご紹介するとおり、特許を出願すればその内容はアルゴリズムも含めて公開されてしまいます。しかし、公開されたアルゴリズムを誰がどこで実施している(侵害している)のかを特定することは、現実にはほとんど不可能です。つまり、アルゴリズムの特許出願は、技術流出やノウハウの「公開損」となるリスクが極めて大きいわけです。
こうしたリスクを勘案してもなお、特許出願による戦略的メリットが上回ると判断される場合に限り、特許化を検討するのが定石です。このような高度な経営判断を要する局面においては、知財戦略に精通した専門家へ相談し、客観的な助言を仰ぐことが望ましいでしょう。
生成AI技術を保有するスタートアップ企業が、新規事業のビジネスモデルを検討するために相談を依頼した事例です。
もともと機械学習の分野に強みを持つスタートアップ企業だったA社は、合金加工の企業B社からの依頼をきっかけに、"物性を入力すると、それに適した構造体候補を出力する生成AIモデル"を開発。これまでにも同様の開発例はありましたが、より精度が高く、構造体の実現可能性も考慮に入れた出力ができるという点が特徴です。
このAIモデルを事業化するにあたり、知的財産権や契約面での保護が課題となっていました。
A社の生成AIモデルは、入力データをもとに高精度な構造体候補を出力するものであり、特許や契約による保護が必要です。特に、AI・データは無形物であるため、従来の知的財産権の概念だけでは保護することが難しく、契約や事業モデルの工夫も重要となります。
まず、特許の取得を考える場合、AIモデルのアルゴリズムが新規性・進歩性を満たすかどうかが鍵となります。ただし、特許を取得すると技術が公開されるため、競合企業による模倣リスクも高まります。そのため、特許の活用は慎重に判断する必要があります。
次に、A社のAIモデルがクラウド上で提供されるSaaSモデルであれば、技術のコア部分を秘匿しながら事業展開することが可能です。ソースコードやモデルの詳細を外部に公開せず、サービスとして提供することで、競争優位性を維持できます。この手法は、AI技術を活用した多くの企業で採用されている手段の一つです。
契約による保護も重要です。顧客や提携先と交わす契約では、AIモデルの利用範囲やデータの権利関係を明確にし、知的財産の流出を防ぐ工夫が求められます。特に、ライセンス契約や秘密保持契約(NDA)を適切に整備することで、A社の技術を守りながらビジネス展開を進めることができます。
学習データの管理も重要なポイントです。AIモデルの学習データには、第三者の著作物や研究成果が含まれることがあり、適切な権利処理を怠るとトラブルの原因となります。そのため、学習データの取得元や利用範囲を明確にし、著作権法の適用範囲を確認した上で運用することが求められます。
最終的に、A社のビジネスモデルに適した知的財産権の戦略を選択し、特許・契約・ビジネスモデルの組み合わせによって、競争優位性を確保することが重要です。
特に、「A社の特許があるから競合が参入しづらい」といった抑止力を持たせることで、A社の技術的優位性を強化できます。一方で、SaaSモデルのように技術を秘匿しながら提供する方法も、実践的な戦略の一つとして考慮すべきでしょう。
利用規約の整備も重要です。特に、生成AIモデルの出力データの権利関係や、ユーザーの責任範囲を明確にすることで、事業者側のリスクを低減することができます。SaaSサービスにおいては、多数のユーザーが利用するため、免責条項やデータ管理のルールを明確にし、トラブルを未然に防ぐことが求められます。
このように、A社のビジネスを守るためには、特許、契約、SaaSモデルの組み合わせによる多角的なアプローチが必要となります。技術の特性や市場環境を踏まえ、適切な権利保護戦略を構築することが、事業の成功につながります。
※上記の事例は、以下の書籍から抜粋、再構成して紹介しています。
『オープンイノベーション時代の技術法務~スタートアップの知財戦略とベストプラクティス』(日本加除出版株式会社)
弁護士法人内田・鮫島法律事務所の代表弁護士/弁理士鮫島正洋 編集代表
2024年6月28日初版発行、pp.119~134参照