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共同研究の知財トラブルと回避策

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目次

事例から学ぶ知財の落とし穴

スタートアップにとって、大企業との共同研究は自社の技術力を証明し、事業を前進させる重要な機会になります。一方で、契約段階での準備不足等を理由に、知財をめぐるトラブルへと発生するケースも見られます。以下では、実際の事例をもとに、共同研究における知財の落とし穴を確認していきます。

関係構築を優先した結果、開発成果がすべて大企業に帰属

蓄電技術を持つ中小企業S社は、大企業A社から共同開発を打診されました。

契約内容に疑問を覚えながらも、大企業との関係を優先するあまり、その場で契約書に署名。結果、共同開発で生まれた成果はすべてA社に帰属することになり、S社は自社のノウハウを実質的に無償で提供し、新製品の立ち上げに協力しただけで終わることになりました。

対応

この事例が示すのは、契約書は一度締結すると長期にわたってビジネスに影響し、容易にやり直しができないという点です。法務部を持たない企業では、契約書の精査が難しいケースも少なくありません。契約締結前に、弁護士などによるレビューを受けるべきだったでしょう。数万円から十数万円程度のコストを惜しんで紛争に発展した場合、損失は2桁異なることもあると指摘されています。

参照元:共同研究における契約トラブル│儲けの花道
(https://www.chugoku.meti.go.jp/ip/contents/120/index.html)

NDAに潜む条項でノウハウを搾取された事例が公取委調査で726件

公正取引委員会が約1万6,000社を対象に行った実態調査では、知財やノウハウの開示を強要される事例が726件報告されました。化学系ベンチャー企業からは「NDAの中に分かりにくい形でノウハウの開示条項が入れられることがある」との声も聞かれます。技術力を事業の核とするスタートアップほど、このタイプの搾取リスクにさらされやすい実態が明らかになっています。

対応

2019年6月、公正取引委員会は報告書を公表。同種の事例は独占禁止法や下請法の違反行為につながる可能性があるとして、経済産業省・特許庁と連携して対処する方針を示しました。

なお、報告事例の中には、金属製品メーカーが特殊なめっき加工のノウハウを無償でQC工程表へ記載させられ、その情報をもとに取引先が内製化を進めた、といったケースも含まれています。ノウハウ搾取の手口が巧妙化している現状がうかがえます。

参照元:「名ばかり共同研究」で知財搾取726件、公取委 オープンイノベのわな│日経XTECH
(https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00001/02397/)

共同研究での発明貢献が争点となり大学が持分の3分の2を獲得

あるバイオベンチャー企業は、悪性リンパ腫の治療薬として期待される抗CD20抗体の発明について特許出願を行いましたが、共同研究先の大阪大学が持分の5分の4の確認を求めて提訴。ベンチャー企業側も100%の持分を主張して反訴し、誰がどの程度発明に貢献したかという認定をめぐり、法廷での争いに発展しました。

判決

大阪地裁は、19種のマウス由来抗体から有望なものを選抜する工程において、大阪大学の研究者が創造的な貢献をしたと認定し、大阪大学に3分の2の持分を認める判決を下しました。ベンチャー企業が委託した外部研究者の貢献も認められましたが、共同研究先の大学が多数持分を取得する結果です。発明への貢献範囲をあいまいなまま共同研究を進めることのリスクを示した事例です。

参照元:抗CD20抗体発明の権利帰属事件│シティユーワ法律事務所
(https://www.city-yuwa.com/precedent/16612/)

共同研究・提携時における最大の障壁「共願」と「権利帰属」

大企業や大学との共同研究を加速させる際、スタートアップが特に慎重な判断を迫られる点が「発明の権利を誰が、どのように保有するか」という権利帰属の問題です。特許庁が令和3年度に実施した『スタートアップが直面する知的財産の課題に関する調査研究』においても、共同研究や連携の現場における知財の取り扱いが体系的に分析されており、なかでも権利帰属に関する合意形成が、スタートアップにとって深刻な障壁となっている実態が浮き彫りにされています。

権利の帰属や共願の取り扱いがトラブルの火種になりやすい

共同研究において発生した発明を両者の名義で出願する「共願」は、一見フェアな取り決めに見えます。しかし、共願特許には「他の共有者の同意なしに第三者へのライセンスができない」という制約があり、スタートアップが事業を広げようとする段階で思わぬ足かせとなることがあります。特許庁の報告書でも、共同研究・連携時における課題として「共願となる場合の権利の取り扱い」が多くのスタートアップで問題視されていることが示されています。

大学発スタートアップにおいては、この問題がさらに複雑な様相を帯びます。大学が共有特許の持分を保有しながらも特許を事業上では実施しない場合、スタートアップ側が「不実施補償」として大学に対価を支払わなければならないケースが生じます。研究者が論文発表を優先する大学の文化とスピードを重視するスタートアップのビジネス感覚の違いが、契約交渉を長期化させ、事業化の遅れを招く一因にもなっています。

共同研究の開始前に「自社の技術資産」を明確にしておく

共同研究に入る前に、自社がもともと保有していた技術情報(バックグラウンドIP)を明確に特定・記録しておくことは、権利帰属トラブルを防ぐうえで欠かせない準備です。

共同研究が始まってしまうと、どの技術や知見がいつ、誰によってもたらされたものかの境界線があいまいになっていきます。特に大企業は、悪意がなくとも自社の知財部門が相手方の技術を自社由来と誤認して権利化してしまうケースがあると、専門家も指摘しています。

「ここまでは自分たちの成果」と明確に言えるだけの記録と証拠がなければ、後になって覆すことは困難です。共同研究の開始時点で互いのバックグラウンドIPを書面に落とし込み、双方が確認・合意したうえで研究をスタートさせることが、事後のトラブルを防ぐための実務上の基本といえます。

参照元
スタートアップが直面する知的財産の課題に関する調査研究│特許庁
(https://www.jpo.go.jp/resources/report/sonota/startup/document/index/startup_r3_hokoku_youyaku.pdf)
スタートアップの経営を脅かす知財リスク、どうすれば回避できるのか?│ASCII STARTUP
(https://ascii.jp/elem/000/004/254/4254973/)

実務で使える回避策:契約書の修正ポイント

知財トラブルの多くは、契約締結の段階で防ぐことが可能です。以下では、共同研究契約において特に見直しておくべき2つのポイントを取り上げます。

「改良発明の通知義務」条項で周辺特許の先取りを防ぐ

共同研究でノウハウや技術の詳細を開示すれば、共同相手が周辺技術や用途に関する特許を先に出願してしまうリスクがあります。仮に自社がコア技術の特許を持っていたとしても、その活用範囲を用途特許で囲まれてしまえば、ビジネス上の自由度は大きく制限されるでしょう。これは大企業が取りがちな手法のひとつとして、専門家の間でも広く認識されています。

こうした事態を防ぐために有効な方法が、契約書に「改良発明があった場合には相手方に通知しなければならない」という条項を盛り込むことです。この条項があれば、共同研究の過程で生まれた新たな発明に関し、どちらが出願するかを協議する機会が生まれるため、一方的な権利取得を防ぐことが可能となります。

契約書の修正を求めることは決して失礼ではなく、スタートアップが自社の権利を守るための正当な交渉です。

「不実施補償」と「実施権の範囲」は曖昧なまま進めない

共有特許の運用において特に注意を要するのが、共同権利者の一方がその特許を自ら実施しない場合に発生しうる「不実施補償」の問題です。特に大学や公的試験研究機関との共同研究では、相手方が製品製造等の事業活動を行わない(不実施である)ことを理由に、特許を実施するスタートアップ側に対して対価の支払いを求めてくるケースがある点に注意しましょう。

また、実施権の範囲を「別途協議により定める」といった抽象的な表現に留めることも、将来の紛争の火種になる恐れがあるので注意してください。

実務上の防衛策としては、不実施補償の要否、具体的な金額、あるいは算出根拠や支払い条件をあらかじめ契約書に明文化しておくことが不可欠です。あわせて、実施権の対象となる製品群、展開地域、および有効期間を具体的かつ詳細に画定しておく必要もあります。

なお、特許法上、共有特許を第三者へライセンス(実施許諾)する際には他の共有者の同意が必要となるため、事前の合意がなければ将来のM&Aやアライアンスを阻害する要因にもなりかねません。将来的なビジネス展開の自由度を確保するためには、実施権の設計を単なる事務手続きとして捉えるのではなく、事業の柔軟性を守るための経営戦略として定義し直すことが重要です。

まとめ

大企業との共同研究は、スタートアップにとって事業を一気に加速させる好機である一方、契約内容の不備や準備不足によって自社の核となる知財が切り崩されるリスクと常に隣り合わせです。本記事で取り上げた事例が示す通り、提携を急ぐあまり契約条項の精査を疎かにしたり、研究開始前の「バックグラウンドIP(既存知財)」の境界線を曖昧にしたりすることは、将来的な権利紛争に直結しかねない点に留意しましょう。

共同研究に臨むにあたっては、改良発明が生じた際の通知義務、実施権が及ぶ範囲、そして不実施補償の具体的な取り扱いといった核心的な条項について、あらかじめ契約書に明文化しておくことが不可欠です。これらの一歩を積み重ねることこそが、単なる「下請け」的な提携に陥ることを防ぎ、かつ自社の権利と将来の事業価値を守り抜くための確たる盾となります。

なお、共同開発や共同研究における知財の取り扱いについては、「関連記事」でもさらに実務に即した解説を行っています。貴社の契約実務の参考として、ぜひあわせてご活用ください。

中小・スタートアップ企業の技術管理・保護は政策的取り組みに

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解説:弁護士法人内田・鮫島法律事務所 代表弁護士/弁理士 鮫島正洋 氏

中小企業やスタートアップから大企業が技術等を搾取する事例について、近々、公正取引委員会は「知的財産権・ノウハウ・データを対象とした 優越的地位の濫用行為等に関する実態調査報告書」を発表する予定である。

この報告書では、上述したような大企業による特定の行為類型について、「優越的地位の濫用」に該当する恐れがあるとして、注意を喚起している(同報告書「第3 知的財産の取引慣行の実態と独占禁止法上の考え方」)。

企業同士の活動の自由を優越的地位の濫用等の法理の下、過度に監視・制約することについては、我が国の競争力を担保する手段としてのオープンイノベーションを阻害する可能性があるという理由にて、当職は諸手を挙げて賛成するわけではないが、少なくとも、中小・スタートアップ企業の技術管理・保護について、政策的に後押しをしようとする流れが強くなっていることは事実である。

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