医療・福祉業では、多くの企業が知的財産を重視しています。スタートアップ企業を対象とした調査結果をまとめた特許庁の「令和3年度特許庁調査研究報告書」によると、医療・福祉業で調査対象とした33社の全社が、会社設立時に知的財産を「極めて重視している」「ある程度重視している」と回答しており、重視度は他業種を圧倒しています。
どんな点を知的財産で重視するかについての設問に対しては、医療・福祉業の企業のうち84.4%が「競合企業の追随や参入を防ぐ力」としたほか、「資金調達の際の評価への影響」が75%、「中堅・大企業との提携における交渉力」が65.6%と高い割合を示しました。資金調達や、大企業などとの提携に生かしたいという姿勢が見えます。以下のコンサル事例を参考にしてください。
以下では、弁護士法人内田・鮫島法律事務所が実施した「技術法務」の事例を紹介しています。
プラットフォーム型ビジネスを指向するライフサイエンス系スタートアップについて、モデル開発と発明発掘及び契約書ひな形の作成を有機的一体的に行った事例です。
G社は、薬剤を体内で運ぶためのシステムである「DDS(ドラッグデリバリーシステム)」の新たな技術として、特殊な膜構造を持つカプセルを用いたDDSを開発しています。このDDSは、カプセル皮膜の表面に露出させるペプチドの配列を変えることで、体内の望んだ場所だけに薬剤を届けることができるという点に特徴があります。目的外の場所に薬剤が運ばれることで生じる副作用を減らしたり、少ない量で効果を発揮できるというメリットがあります。
ただ、そのまま市場に投入してしまうと、すぐに類似製品による後発参入を許してしまうことになるため、まずは特許を取得したいと考えています。現状はカプセルの骨格を構成する物質についてのみ特許出願をしており、今後は様々な製薬企業とコラボレーションしていきたいと考えていますが、どのような開発戦略及び知財戦略を採用すべきでしょうか。また、共同研究を進める相手との契約書に自社に不利な条項が多い場合には、どのような対応をすべきでしょうか。
G社のDDSを、特許が切れた既存の有効成分と組み合わせると新規医薬品として開発できるということであれば、既存医薬品との組み合わせによる製品化を訴求した方が上市の可能性が高くなるのではないかと考えられます。さまざまな企業との共同研究を通して製品開発を進めることが事業の当面の中心になるのではないでしょうか。また、実証データを得るため、開発スピードの速そうな製品は自社である程度まで開発を進めるという方法も考えられます。
特許については、有効成分とカプセルとの組み合わせについて、G社自身で開発を進める予定のものは、G社単独で特許出願を考えるのが良いと思います。
基本発明の特許出願の後で改良発明部分の特許出願の予定がある場合、基本発明の特許出願の明細書に、改良発明の権利化の障害となるような記載は避けるべきです。G社の場合、カプセルの構造などに関する基本発明を先に出願する際、後から有効成分との組み合わせなどについて出願する際の障害となる記載にならないよう注意しなければなりません。
共同研究相手との契約書に自社に不利な条項が並んでいても、その共同研究相手が自社にとって初めての共同研究相手だった場合、G社としては実績を積むことを優先するために不利な条項をある程度受け入れるという方針は理解できます。ただし、最低限確保すべき条項はあります。例えば、秘密保持義務では、契約内容そのものも秘密情報として保護されるようにすべきです。G社が不利な条項を受け入れていることを他社に知られないようにするためです。
一方で、共同研究をしていることは公表可能とし、他の共同研究先候補や投資家などに対して、共同研究の実績をアピールする材料とするのが良いでしょう。また、共同研究の成果物については、共有となるよう求めていく必要があります。共同研究相手がこの点についてで譲らないようであれば、開発段階に応じたマイルストーンペイメントや、ランニングロイヤリティーの支払いなど、知財を相手に譲り渡すことの対価を契約条項として盛り込むべきです
仮に研究の進捗が想定どおりいかない場合、いつまでも共同研究契約と競業避止条項が継続するのは好ましくなく、共同研究契約の契約期間の自動延長は避けた方が良いでしょう。
ライフサイエンス分野のスタートアップが、企業価値や技術の評価を高めていくためには、実証データの存在が非常に重要です。どれほど優れた技術や独自性を持っていても、理論だけでは投資家や共同研究先からの信頼を得るのは難しく、事業化や資金調達の局面で困難に直面するケースも少なくありません。
そのため、ライフサイエンス系スタートアップは、大手企業との共同研究を通じて実証データを蓄積し、信頼性を高めようとします。しかし、この段階は事業の成否を分ける重要な局面と言えます。契約締結に際しては、秘密保持や知的財産の取り扱いなど、技術法務の専門的知見に基づき、慎重に確認・交渉すべきポイントが多々存在するためです。
例えば、実証データを得ることを優先するあまり、スタートアップが大手企業の提示する不利な契約条件を全て受け入れてしまうケースが見受けられます。その結果、将来的に自社の経営や他社との取引において、重大な支障をきたすリスクが懸念されます。
また、特許出願についても専門的な観点からの検討が推奨されます。最初の特許出願で技術の全てを盛り込もうとすると、その内容が公開された後、新たな改良技術を出願する際に、自社の公開済み特許が障害となる可能性があります。
特許は出願後は自由に変更することができません。何故ならば、最初の特許の後に改良の特許を出願しても、新規性が喪失されたものとして出願が拒絶される可能性があるためです。これを回避するためには、将来的な技術展開を見据えて、特許戦略を段階的に考えることが重要です。
このように、ライフサイエンス分野のスタートアップは、実証データの取得と知的財産戦略を両立させながら、長期的な視点で事業を進めていくことが求められます。
こうした複雑な課題を解決し、事業を着実に前進させるためには、法務と知財の両面に精通した専門家のサポートを仰ぐことが、有効なアプローチとなるでしょう。
大学や大手製薬企業とのオープンイノベーションの初期段階では、契約書ひな形に潜む法務リスクの把握が重要となります。
実証データ(PoC)の取得を焦るあまり、大手が提示する標準的な契約を鵜呑みにすると、将来的に自社の生命線となるノウハウや権利を囲い込まれるリスクがあります。重要なのは、初期段階から「出口戦略」を条項に反映させることです。
将来的な海外メガファーマへのライセンスアウトを見据え、実施許諾の範囲、改良発明の帰属、独占的交渉権の範囲などを厳密に設計しなければなりません。
IPOを目指すミドル・レイター期には、VCからの資金調達に加え、証券審査が求める「知財ガバナンス」の水準が一気に高まります。
審査では、単なる特許の有無だけでなく、職務発明規定の整備、研究者の秘密保持管理、第三者からの権利侵害リスクに対する抗弁能力など、組織としての知財管理体制が厳格に問われます。さらに、バイオ特有の規制(薬機法やGCP基準等)に準拠したコンプライアンス体制の構築は、企業の信頼性を担保する要です。
これらの内部統制はIPOをクリアするための通過点ではなく、企業価値を最大化するための基盤です。
バイオ法務は、高度なサイエンスの理解と法的な専門性の両立を求める、市場で最も人材獲得が困難な領域の一つです。
臨床開発の進捗やIPOまでの複雑な法的手続きを経験した専門家は、大手製薬企業やバイオテック界隈で極めて希少であり、高額な年収を提示しても簡単には採用できません。
人材の流動性が低い中で、無理に社内で完結させようとすると、採用の長期化によって成長機会を逸し、高額な人件費が経営を圧迫するというジレンマに陥ります。
すべてのリーガル業務を社内で完結させる完全内製化は、多くのバイオベンチャーにとって非効率です。成長ステージに応じた「機能の使い分け」が、賢明な経営判断の一つです。
日常的な契約チェックや社内調整は社内の法務や総務が担いつつ、特許戦略の肝となる重大な契約交渉や複雑な権利設計は、知財に強い外部の専門家(弁護士や弁理士)の知見をスポットで活用する「ハイブリッドな機能配置」がおすすめです。
固定費となる人件費を抑えながら、必要な時だけ高度な専門性を活用することで、経営資源をR&D(研究開発)に集中させることが可能です。
バイオベンチャーの成否は、優れたサイエンスという「技術の種」だけでなく、それをいかに法的・知財的な鎧で守り、ビジネスとして活かすかという「リーガルの質」で決定づけられます。
知財戦略は経営戦略そのものですが、独力ですべてを解決する必要はありません。法務・知財の壁に直面した際は、ぜひ一度無料相談窓口をご活用ください。
貴社の現在のステージに応じた最適な体制構築と、将来のIPOやライセンスアウトを見据えた具体的な伴走支援が受けられるでしょう。
※上記の事例は、以下の書籍から抜粋、再構成して紹介しています。
『オープンイノベーション時代の技術法務~スタートアップの知財戦略とベストプラクティス』(日本加除出版株式会社)
弁護士法人内田・鮫島法律事務所の代表弁護士/弁理士鮫島正洋 編集代表
2024年6月28日初版発行、pp.26~37参照