スタートアップ企業が知的財産権の分野において抱える課題として、知的財産に関する「契約や利用規約の文言の検討が不十分」という声が多く挙げられています。
大企業との契約では、大企業側から、スタートアップ側に対してかなり不利な条件が提示されることが少なくありません。
法務の専門家がいないスタートアップが、相手方の提案をしっかり検討できない、あるいはどう交渉すればよいのかわからない、といった結果、提案をそのまま受け入れてしまうことにならないため、早い段階で知的財産に関する契約に精通した専門家に相談することをお勧めします。
以下では、弁護士法人内田・鮫島法律事務所が実施した「技術法務」の事例を紹介しています。
大手工作・加工メーカーにプロトタイプ作成、量産化、共同開発の相談を依頼した事例です。
スタートアップ企業A社は、自社が開発した装置の量産化に向け、大手メーカーのB社に共同開発の相談を持ち掛けたところ、打ち合わせに先立って、業務提携契約のひな形がB社から送られてきました。A社には、当該契約の知的財産に関する条項は特に問題がないように見られます。
大企業は、スタートアップ企業に比べ資金面も設備面も非常に整っているため、共同開発を行っているうちに、気がつけばすべての開発行為が大企業によるものとなってしまうことがあります。
B社の契約ひな形には、共同開発で生じた知的財産権の帰属を「知的財産を創出した者」とありましたが、この文言は一見公平なようでいて、実はすべての特許を「開発行為をしたB社」が保有する危険性を有しているのです。
A社にできる対応としては、まず、現段階で取得できそうな特許(を含む知的財産)を検討し、できる限り出願しておくことが挙げられます。自社の開発行為がB社との共同開発と混同することを防げますし、特許を取得することで大企業と対等な関係で交渉できるからです。
次に、知的財産権の帰属について、双方のビジネス目的に沿い、細かく範囲を切り分けるようB社に提案することが挙げられます。権利の奪い合いではなく、互いがWin-Winな関係を築ける提案をする方が、交渉もスムーズに進むと考えられます。
企業が保有するIPについて、未知のビジネスモデル(メタバース)における戦略的な活用を支援した事例です。
C社は有名なキャラクターの知的財産権を持つスタートアップ企業であり、今後、当該権利で「メタバース」事業に進出することを検討しています。
メタバース事業に関した利用規約を作るにあたり、C社は従来から行っている事業で作った規約を多少修正して使いまわす形でもいいのではと考えています。
「メタバース」は、2023年に総務省により、「ユーザー間でコミュニケーションが可能なインターネット上の仮想的空間」と暫定的に定義されており、C社にとってこれまで扱ったことのない未知の領域の事業です。
同じ知的財産権を用いるとはいえ、従来から行っている事業では考えられない新たな問題が生じる可能性があるため、規約はメタバースのビジネスモデルに即して新たに作成することが重要です。
例えばメタバースサービスの代表格である3Dアバターによる利用者の行為について、第三者のプライバシー侵害や名誉毀損、アバターのなりすまし等の危険性が高いため、運営による管理と合わせ、規約により禁止するという感じです。
従来のビジネスモデルとの異同を整理し、どのような法的リスクが考えられるか想像を膨らませてしっかり検討した上で、それらに対処可能な利用規約を完成させることが大切です。


契約書や利用規約を法務戦略として検討する際には、次の3つの視点を持つことが大切です。 1つ目は、「契約内容を実現するために、どのようなスキームが想定されるか」ということです。共同開発や業務委託など、ビジネスの進め方に応じて、契約の形も変わってきます。
2つ目は、「契約を進めるうえで、自社にどんなリスクがあるか」という点です。知的財産の帰属や責任の分担、契約解除時の対応など、専門的な知見がなければ看過しやすいリスクも潜んでいます。これらを事前に想定しておくことで、致命的なトラブルを防ぐことができます。
3つ目は、「契約が実現したとき、双方にどのような利益があるか」という点です。利益配分や成果の取り扱いなど、ビジネス上のメリットがきちんと契約に反映されているかを確認することが重要です。
これらの視点は、自社で契約書を作成する場合にも、相手方から提示された契約書を確認する場合にも共通して必要です。ビジネスサイドと深く話し合い、実際の取引に即した内容になっているか、法務と事業の両面から検証することが望ましいでしょう。
また、利用規約を作成する場合も、同じ考え方が役立ちます。とくに新しい分野やビジネスモデルに取り組む場合は、過去の規約をそのまま使い回すのではなく、新しいリスクや利用場面に合わせて、ゼロベースで戦略的に設計し直すことが求められます。
契約も規約も、「何をどう進めたいのか」「何を守りたいのか」を明確にし、それを法的な文書に落とし込む作業が大切です。この「事業と法務を一体化させるプロセス」を確実に遂行するためには、専門家のサポートを得ながら検討を進めることが、事業を成功に導く確かな一歩となるでしょう。
※上記の事例は、以下の書籍から抜粋、再構成して紹介しています。
【事例1】『技術法務のススメ~事業戦略から考える知財・契約プラクティス』
(日本加除出版株式会社 2022年7月第二版発行)pp.420~423参照
【事例2】『オープンイノベーション時代の技術法務~スタートアップの知財戦略とベストプラクティス』(日本加除出版株式会社 2024年6月28日初版発行)pp.181~204参照
ともに弁護士法人内田・鮫島法律事務所の代表弁護士/弁理士鮫島正洋 編集代表