自社の強みとなるアイデアを形にしたとき、あるいは新しいサービスや仕組みを考案したとき、「このまま真似されてしまうのではないか」と不安を感じる企業は少なくありません。ビジネスモデル特許は、そうしたビジネス上の工夫を技術と結びつけて保護するための重要な選択肢となります。
一般に「ビジネスモデル特許」と呼ばれているものは、特許庁が法令上の正式な区分として定めている独立した権利の種類ではありません。これは、ビジネス方法をICT(情報通信技術)などで実現した「ビジネス関連発明」に対して成立した特許を指す通称です。
そのため、通常の発明と同様に、特許法第2条が定める「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」であることが大前提となり、特許庁の審査では、その発明が新規性や進歩性などの要件を総合的に満たしているかどうかが厳しくチェックされます。
以下では、ビジネスモデル特許を検討する際に特に重要となる、「技術的要素」「新規性」「進歩性」という三つの観点から、その成立要件を整理していきます。
ビジネスモデルが特許の対象となるためには、単なる料金体系や取引ルールといった人為的な取り決めでは不十分です。自然法則を利用した技術的な思想として、具体的に実現されている必要があります。
たとえば、オンライン取引の仕組みであれば、サーバやネットワーク、プログラムが「どのような手順でデータを処理し、どのような流れでその結果をユーザーに提示するのか」といったコンピュータの具体的な動作まで落とし込むことが求められます。
この、ビジネス方法をハードウェアやソフトウェアと組み合わせて実現している点を明確に示すことが、「ただのビジネスモデル」と「特許になるビジネスモデル」を分ける重要な境目となります。
新規性とは、「その発明が出願時点より前に公然と知られていないこと」を意味します。
学会発表や展示会、ウェブサイト、カタログ、先に出願された特許公報などで同じ発明がすでに開示されている場合には、新規性がないとして特許を受けることができません。たとえ社内で考案したビジネスモデルであっても、出願前に詳細な内容を自社サイトや営業資料で広く公開してしまうと、自らの行為によって新規性を失ってしまうおそれがあります。
ビジネスモデル特許を検討する場合は、マーケティング上の情報発信と、権利化のための出願タイミングを慎重にコントロールすることが重要です。
進歩性とは、その発明が「当該分野の通常の技術者(当業者)にとって、容易に思いつくものではないこと」を判断するための要件です。
既に知られている複数の技術やビジネス手法を、当業者であればごく自然に組み合わせると到達できる程度の内容にとどまる場合、進歩性は否定される可能性が高くなります。
ビジネスモデル特許の審査では、「単なる置き換え」や「ありふれた組み合わせ」ではなく、従来の課題を新しい仕組みで解決するような創作と主張できることが、大きなポイントです。どこに技術的な工夫があり、その結果として期待できる効果についても、特許請求の範囲や明細書の記載で的確に示さなければなりません。
「こんなサービスがあれば便利だ」といったビジネスアイデアそのものは、通常、人為的な取り決めや経済的な取り扱い方にすぎないので、特許の保護対象にはなりません。
特許として認められるためには、そのアイデアをコンピュータや通信ネットワークなどを用いて具体的に実現する技術的手段まで踏み込んで構成する必要があります。たとえば、単に「顧客と事業者をマッチングするサービス」と述べるのではなく、「サーバ上で顧客属性データと事業者情報を所定のアルゴリズムで処理し、最適な組み合わせを自動提示するシステム」などの形で記載するイメージです。
この違いを正しく理解しておくことで、「アイデアを思いついたから特許になるはず」という誤解を減らし、技術的な検討が必要になる段階を整理しやすくなります。
Amazonの「ワンクリック特許」は、顧客の住所や支払情報をサーバ側に保持し、商品ページのボタンを一度クリックするだけで注文を完了させる仕組みに関する発明です。
この特許では、ワンクリックでの注文処理に加えて、同一ユーザーからの複数の注文要求を一つの注文としてまとめて処理する点まで含めて、サーバとクライアント間のデータ処理手順として具体的に構成されていることが特徴とされています。
従来は複数画面を遷移しながら情報を入力していたプロセスを、こうしたシステム構成によって単一の操作に集約した点が技術的な特徴と評価され、ビジネスモデル特許の代表例としてしばしば紹介されています。
オンライン決済システムに関する特許の多くは、クレジットカード情報などの機密データを安全に送受信し、不正利用を防ぎながら取引を成立させる仕組みに関わるものです。
たとえば、トークン化や暗号化アルゴリズムを用いて、カード番号をそのまま扱わずに決済処理を行う方式や、端末とサーバー間で認証情報をやり取りする具体的なプロトコルが、発明として権利化されている事例が見られます。
単に取引の流れ全体ではなく、その中核となる技術的な手段が特許の対象になっている点が特徴です。
AIを活用したマッチングサービスでは、ユーザーの属性情報や行動履歴、評価データなどを入力として、サーバー上の機械学習モデルが最適な組み合わせを推定・提示する仕組みが特許の検討対象になります。
日本でも、AI関連発明のケーススタディとして、学習データの構造やモデルの処理手順を明細書で具体的に記載したうえで、推薦結果の精度向上や処理負荷の低減などの効果を主張した事例が公表されています。
アルゴリズムの構成や処理手順が明確であれば、こうしたサービスもビジネスモデル特許の一種として成立する可能性があります。
これらの事例に共通するのは、「何をビジネスとして行うか」という内容だけでなく、「コンピューターやネットワーク上でどのような手順で処理するか」が具体的に設計されている点です。
サーバー・クライアント間のデータの流れや、暗号化・認証・推薦アルゴリズムなどを通じて、従来の課題をどのように解決するのかを技術的な手段として示しているところに、ビジネスモデル特許となり得るビジネス関連発明の特徴があります。
先行技術や競合サービスの特許・論文などを調査し、自社のビジネスモデルが特許として成立し得るかを、差別化要素を含めて検討します。必要に応じて弁護士や弁理士の助言も受けましょう。
ビジネスモデルを実現するシステム構成や処理手順、画面遷移などを整理し、発明の課題と解決手段を明細書・図面などの出願書類として具体的に記載します。
作成した出願書類を特許庁に提出し、出願日と出願番号を取得します。この出願日が、特許権の効力や他社との先後関係を判断する際の基準日になります。
出願から3年以内に出願審査請求を行い、審査官による実体審査を受けます。もし拒絶理由通知が届いた場合には、意見書や手続補正書を提出して反論や補正を行います。
審査の結果、特許査定を受けたら所定の特許料を納付します。これにより設定登録されて初めて特許権が発生します。以後は、各年度分の特許料(いわゆる年金)を納付することで、一定期間にわたり権利を維持します。
ビジネスモデル特許も、他の特許と同様に権利を維持するための特許料(年金)の納付が必要です。対象市場が変化しやすい分野では、事業計画と照らし合わせながら、費用対効果を勘案して、特許を維持する期間を検討する必要があります。
特許を取得しても、他社がビジネスモデルを模倣した場合には、特許権者自らが差止請求や損害賠償請求などの手段をとる必要があります。侵害の証拠収集や訴訟対応にはコストも時間もかかるので、実務上は、あらかじめライセンス交渉や警告書送付を含めた対応方針を検討しておくことが重要です。
技術に係る特許と比べて、ビジネスモデル特許は権利範囲が広くないことが一つの特徴です。つまり、一つのビジネスモデル特許でビジネスへの参入を広く抑制できる可能性は高くないのです。
また、ビジネスモデルはデフォルメ可能であり、広い特許を取得したと思っても、参入されるケースはありうると思います。
では、ビジネスモデル特許を取得する意義は何でしょうか。それは、自社のビジネスモデルが他社とは差別化できるポイントがあるという「訴求」となることです。これを行うことによって、営業上の説明が容易になったり、スタートアップであれば投資家へのアピールがより一層可能になります。