
情報通信業における知的財産の重視度は、決して高いとは言えません。スタートアップ企業を対象とした調査結果をまとめた特許庁の「令和3年度特許庁調査研究報告書」によると、会社設立時に知的財産を「極めて重視している」「ある程度重視している」としたのは、製造業で計94.7%に達したのに比べ、情報通信業では計73.8%に留まっています。設立から一定期間を経た調査時点段階でもこうした傾向はあるものの、重視しているとした社の割合が計87.4%と増えており、時間の経過とともに重視度が増していることが分かります。
また、知的財産でどんな点を重視するかを尋ねた設問では、各業種を通じて「競合企業の追随や参入を防ぐ力」の割合が最も高かったのに加え、情報通信業では「信用度や知名度、ブランド力の向上」(66.7%)や「資金調達の際の評価への影響」(57.8%)といった項目で高い数字となっており、重視するスタートアップが多いことが分かります。以下のコンサル事例を参考にしてください。
以下では、弁護士法人内田・鮫島法律事務所が実施した「技術法務」の事例を紹介しています。
非IT企業による新規ITサービス立ち上げを支援した事例です。
長年、製造業における事業を展開してきたC社では、これまで培ってきた知見やノウハウを活かした新たなITサービスを提供することが企画されています。しかし、C社はITサービス提供の経験が全くないため、サービス開始に当たってどのような点に気を付けるべきかが分からず、特に知財面について注意事項を知るため、弁護士法人 内田・鮫島法律事務所を訪ねました。
訪問したC社の担当者の相談内容と、その内容を受けた内田・鮫島法律事務所の弁護士によるアドバイスは、次のようなものです。
外部のITベンダにソフトウエア開発を委託する場合、著作権の帰属を契約書できちんと定めておくことが重要です。契約書に明文の定めがない場合、原則として開発を担ったITベンダがソフトウエアの著作権を取得します。
そのソフトウエアを用いてITサービスを提供することができるように、プログラムの著作権は、委託者である貴社に移転させる内容にしましょう。
この場合、ベンダが従前から保有していた著作物の著作権や、「汎用的な利用が可能なプログラムの著作権」を除いて移転すると定めることがありますが、ベンダが従前から保有していた著作物がどれであるか不明確であったり、「汎用的な利用が可能なプログラム」であるかについての認識が当事者によって違った結果、紛争になった事例もあります。そうした事態を防ぐために、従前から保有していた著作物はどれなのか、また、何が「汎用的な利用が可能」なのかを、機能名などにより具体的に合意しておくことが有効です。
著作物を共有とすることはあまりお勧めしません。著作物が共有されていると、各共有者が当該著作物を利用しようとすると、ほかの共有者の合意を得る必要が生じます。例えば、ITベンダの同意がないとソフトウエアのバージョンアップをしたくてもできない、そのソフトウエアを顧客に提供できないなど、不便な問題が生じてしまうのです。
著作権の帰属と、ソースコードが納品されるのかどうかというのは、全く別の問題です。ソースコードそのものが欲しいのであれば、納品物にソースコードが含まれることを、契約書に明記すべきです。
なお、ソースコードの納品を受けない場合、ソースコードが納品されないままITベンダが倒産の危機に瀕してしまう場合が問題になりますが、万が一に備えてソースコードを預託できるソフトエア・エスクロウの仕組みを利用するといいでしょう。
プログラム自体は著作権法上の保護対象ですが、保護されるのはソースコードなどの具体的な記述であって、プログラムの機能は保護されません。そのため、同じような機能のソフトウエアが開発されたとしても、ソースコードが異なれば、著作権侵害は成立しません。
また、他社のソースコードの内容を知らないまま、偶然似たようなソースコードを記述してしまったとしても、著作権侵害は成立しません。
プログラムの機能は特許権の保護対象となり得ます。また画面のデザインには著作権が発生する可能性があるほか、ソフトウエアを起動するためのアイコンのデザインは意匠登録が可能です。特許権や意匠権は、真似したのではなく、偶然似たものができただけでも侵害が成立するため、他社の権利を侵害しないよう注意が必要です。
なお、「汎用的な利用が可能なプログラム」としてベンダに著作権が残ることとなるプログラムに、委託者の独自のノウハウが活かされているケースも考えられます。このような場合には、ノウハウが契約上の守秘義務の対象となるようにすることで自社の利益を守ることができます。
ITベンダが、ソースコードの納品に難色を示すこともあり得ます。その場合は、適切な対価で保守や機能追加を委託できればいいのですが、他のITベンダに乗り換えられないことを奇貨として高額な対価を要求してくるケースもあります。そうした場合は、リバースエンジニアリングによってソースコードを解析し、クリーンルーム方式で開発を行うことも考えられます。


DX(デジタルトランスフォーメーション)は、今や全産業において取り組むべき経営課題です。従来ITと接点の少なかった業界においても、既存システムの利用にとどまらず、新たなITサービスの提供へ本格的に参入する事例が増加しています。
外部ベンダーへシステム開発を委託し、エンドユーザーへサービス提供を行うスキームにおいては、事業開始前にサービス提供方法や権利関係を設計しておくことが肝要です。とりわけベンダーとの開発契約は、将来的な著作権や知財トラブルを予防する上で、専門的な観点からの検討が求められます。
また、ITサービスの提供は一社単独で完結するとは限りません。コンセプト、データ、システム開発、プラットフォーム、販売など、複数の企業が各々の強みを持ち寄るアライアンス(協業)の形態も一般的になりつつあります。
このような複数企業が関与するプロジェクトでは、より高度なリーガル・デザインが必要となります。著作権や知的財産権の帰属はもちろんのこと、「データの取り扱い」や「システム不具合発生時のリスク配分」についても、専門家の判断を仰ぐべき領域と言えるでしょう。
トラブル発生時の責任の所在や範囲が曖昧なままプロジェクトを進行することは、紛争やサービス停止といった重大なリスクを招きかねません。こうしたリスクの所在を明確化し、関係者間の役割と責任を法的に定義づける手段が「契約」です。
したがって、契約書や協定書を単なる雛形の流用で済ませるべきではありません。責任の所在、トラブル時の対応、知的財産権の取り決めなどを事業実態に即して戦略的に契約書へ落とし込むためには、契約実務に精通した専門家の支援を得ることが、リスク回避への近道と言えるでしょう。
※上記の事例は、以下の書籍から抜粋、再構成して紹介しています。
『オープンイノベーション時代の技術法務~スタートアップの知財戦略とベストプラクティス』(日本加除出版株式会社)
弁護士法人内田・鮫島法律事務所の代表弁護士/弁理士鮫島正洋 編集代表
2024年6月28日初版発行、pp.38~54参照